東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3113号 判決 1970年5月18日
原告 斎藤政
被告 有限会社ヨネヤマラケット東京工場
右代表者代表取締役 米山稔
右訴訟代理人弁護士 儀同保
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、当事者双方の申立および事実上の主張は、別紙要約書記載のとおりである。
二、証拠関係≪省略≫
理由
一、請求の原因第一、第二項記載の事実は、当事者間に争いがない。
二、抗弁第一項記載の事実および被告が本件建物をバトミントン用シャトルコックの製造工場に使用する目的で賃借したものであるところ、斎藤亀吉のした右強制執行により公道から本件建物に至る通路が巾約〇、六メートルに狭められたことは、当事者間に争いがない。
以上の事実と≪証拠省略≫によると、本件建物は直接公道に面していないが、南側公道に至る巾約四、六メートル、長さ約一二メートルの通路に接し、そこから自動車の出入りができ、また建物の敷地中には裏側に約二〇坪の空地があって荷の積み降しや材料置場に使用できる状況にあったので、被告は原告からこれらの土地を使用することの承諾を得て、前記のとおり本件建物をシャトルコックの製造工場に使用する約定で賃借したこと、そして被告は前記通路を従業員や材料、製品の運搬の自動車の出入口として利用し、多いときは三輛位いの自動車が一時出入りしており、それらの自動車は通路を通って本件建物の東側入口に横づけされ、そこで荷物の積み降しをしていたこと、また建物敷地内の空地を材料置場や原料である羽毛の乾燥場などとして使用してきたこと、しかるに右の強制執行により従来被告の使用していた土地のほぼ三分の一にあたる三一坪の土地を取上げられた結果、右の通路からは自動車の出入りは不可能となり、従業員の出入りさえも困難となったので、工場で使用する材料や製品の搬入、搬出が全く不可能となり、被告はやむなくこれらの材料や製品を東側の訴外斎藤亀吉所有地から約一、八メートルの高さの前記の塀越しに、または西側公道から原告方の庭先を経て手渡しで出し入れするほかなくなり、また、東側の敷地を失ったため材料置場もなくなり、工場内の採光、通風も悪くなって、工場建物としての利用価値は著しく低下したことが認められる。右認定を動かすに足りる証拠はない。
一般に建物だけの賃貸借の場合、建物使用のために最低限必要と認められる土地については、賃貸人は建物賃貸借に付随してその目的の範囲内において賃借人がこれを使用することを容認する義務があり、賃借人はその限りで右土地を使用する権能があると解すべきである。特に本件のように建物賃貸借の目的が工場として使用することであり、賃貸人が賃借人に対して建物の敷地と建物から公道に通ずる通路を建物を工場として利用する必要上、材料置場や材料、製品の搬出入のための自動車の通路などとして賃借人が使用することを許諾したような場合は、建物の賃貸借とは言っても、その実質は建物と敷地、通路が一体となった賃貸借と同等に評価すべきである。従って、このような場合には、土地使用の許諾も賃料額決定の一要素となっているものと解するのが合理的であるから、かかる土地の一部が賃借人の過失によらないで使用できなくなり、そのため賃借人の建物賃借の目的を損い、建物利用上の機能の一部が失われるに至ったときは、公平の見地から民法第六一一条を類推適用して、賃借人は賃貸人に対して建物の賃料の減額を請求しうると解すべきである。そしてこの減額の範囲は、単に使用土地の平面的な減少の割合を基準とすべきではなく、あくまでも建物賃貸借の制約を逸脱しないように建物の利用価値が使用土地の減少に伴いどの程度減じたかを基準としてきめるべきである。
右認定事実によれば、通路と敷地の一部が使用できなくなったことにつき被告に過失がなかったと認められ、被告が右強制執行直後の昭和四一年一〇月ごろ、原告に対し、口頭で賃料を一ヵ月につき金六二、〇〇〇円に減額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。そして、鑑定人石川市太郎の鑑定の結果によると、本件建物賃貸借に特有の建物使用目的を捨象し、建物の価格に適正利潤率を掛け、これに租税、管理費、土地資本利子を加える方法によって算出した昭和四一年一〇月当時の本件建物の適正賃料は、使用不能部分の土地を除くと全部の土地が使用できる場合に比べて、三割以上低額となることが認められ、このことを前認定の本件建物が工場に使用する目的で賃貸されたことおよび通路の閉鎖と敷地の減少によって工場建物としての利用価値が著しく低下したことを考慮すると、従前の約定賃料月額金八二、〇〇〇円中、本件建物の利用価値の減少に相当する部分は金二〇、〇〇〇円を下ることはないと認められるから、被告の右減額請求により、本件賃料は遅くとも昭和四一年一〇月末日から月額金六二、〇〇〇円に減額されたことになる。
三、よって、昭和四一年一一月分からの月額金六二、〇〇〇円を越える部分の賃料の支払いを求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩村弘雄 裁判官 堀口武彦 小林亘)
<以下省略>